「好き」を安さの言い訳にしない

ラクをしないと成果は出ない120ページ

「好き」を安さの言い訳にしない

給料が安かったり報酬が低くて生活は苦しいけど、好きなことで飯が食えてるから自分はそれでいい、という言い訳をするな、ということです。これは仕事で成功していないと言えるでしょう。仕事がたくさん来ていて自分は人気だ、だけど単価が安すぎて収入は少ない、けどこの楽しいことを続けられるなら幸せ、というのは完全に良いわけだと著者は語ります。

個人的にもそうだと思います。収入がすくないということは生活や人生において苦しい物以外何物でもありませんし、その少ない収入を埋め合わせしているのは家族ではないですか?配偶者ではないですか?税金ではないですか?

結局生活できなてことで誰かに頼って好きなことを続けていくなんて無理です。自分が良ければ他人によっかかって好きなことを続けていくということほど滑稽なことはないですし、いつまで夢を見ているんだ、と言われても仕方ないでしょう。この状態は資本主義の観点からもかなりずれているといえるようです。

プロなら稼ぐ

好きなことを仕事にできるのは素晴らしいことですが、仕事をしているということはそのみつのプロということです
プロなら稼ぐ必要があります。だけど好きなことだから稼げなくても良いというのはプロのレベルを自分で下げているとかいえません。好きであるという言葉を使って自分が稼げんないことの言い訳にしているだけです。

何をしても稼げないならそもそもすべてが間違っている

もし良いものを作っていてもまったく売れない、稼げない、というときは何かが間違っています。そもそも自己満足で良い物を作っていないか、商売相手取引相手が間違っているか、業界が間違っているか、ということです。

要するに皆が良い評価をしてくれるのに全然稼げないという場合は世間的にその仕事が浸透していないのかもしれません。しかし世間的に仕事が認められていないということにもなりますし、自分がやった仕事自体が認められていないということにもなるのです。

自分を否定することは誰もがしたくないですし、誰かから言われたくない、だから『好きだから稼げなくても自分は幸せ』と言ってしまうのです。幸せの尺度は人それぞれ違いますから何とも言えませんが、好きなことを仕事にしたいと思っているのであれば、やはり資本主義の中で評価され対価をしっかりと受け取る、この流れができていないことには仕事と言えるのかどうか微妙であり、趣味として割り切って楽しむほうが幸せである可能性が高いのです。

毎日寝ないで頑張っているのに稼げない、将来不安がある、でも好きなことを仕事としていられるだけマシかな・・・。と思っていたら、それは趣味にしてしっかりと対価をもらってできる仕事に変えましょう。

人格否定や仕事否定、作品否定をする人はほぼゼロで好きでいてくれる人のほうが多くても、その仕事に対してあなたが生活でき、さらには豊かになり、もっと良い仕事をしてもらうための正当かつ十分な対価を支払たい、支払ってもいいと思う人はいないという時点で評価がされていないのと同じということです。

ここは目をそむけてはいけません。