さん付け、敬語の徹底

ビジネス書、宇宙一愛される経営

さん付け、敬語の徹底

ライブレボリューションの中でも最低限のレベルで実施されているのがさん付けを徹底することです。名前に『君』をつけない。これはとても良いと感じました。君付けで呼ばれるといつまでも君で呼ばれ続けますし、相手との立場が確実に現れてしまいます。この状態で良い関係が築けるかというと私は疑問に感じていました。そして誰に対しても敬語で会話すること。これも私は賛成です。この理念はこの『宇宙一愛される経営』が発売された2007年から7年後り2014年現在も会社のサイトにて書かれています。一貫してこれを貫き続けていて企業文化になっているのは読者としても嬉しかったです。

宇宙一愛される経営 67ページ

君付けが悪いかどうかという点では私は良くないと思っています。変な上下関係が必要かということで、名前を呼ばれるたびに君をつけられて下に見られるのはどうなのでしょうか。誰でもさん付けであればそんなこともないのではないかと思います。

相手によって呼び方を変えたり話し方を変えることが組織内として良いことか、あまり良いとはいえないと思います。大企業で出世競争があり、同期が上司になったりして敬語で話すようになり、さん付け君付けで呼び合うのって何の意味があるのでしょうか。無意味過ぎますし、このおかげで業務がうまくいくでしょうか。ストレスに耐えながら仕事だから仕方ないと思うのは、上下関係のどちらの立場でも気を遣ってしまいよいことはないと感じています。

ライブレボリューションはこのような無意味な上下関係を象徴することを組織が硬直化してしまう原因であると考えています。また上下関係がはっきりしすぎているとなかなか下の者からも話しにくくなったり、人材配置もやりにくくなり、適材適所に人を配置しにくくなると考えているようです。

皆が敬語を使っていたら何だか他人行儀で嫌だ、という方もいますが実際の人間関係で敬語だから人間関係の密度が高くないということはまずあり得ません。お互いがお互いをリスペクトすることで内部の結束力は高まります。社内で部下を下に蔑むような言い方をしたり、バカにするような言い方をするような上司を教育だとは理解したくてもそうは思えないでしょう。リスペクトできますか?私はできません。お互いが尊重しあうボーダーを作るのがまず敬語であると思います。

ライブレボリューションでは社内外全てでお互いに敬語で話すそうです。それは外では良いように見せる、ということが無意味だから。外部では良い会社だと思われても内部でとんでもない人間関係があるとしたら、それは見透かされてしまう可能性はとても高くなります。いくら見繕っても分かる人にはわかりますし、どこかでボロが出ます。

実際にレストランで人柄の良い店員がいたそうです。しかし厨房に入ったらスタッフに対して怒鳴ったり酷い口調で話すような人間だったらしいのです。これは幻滅ですね。その人の人間性を疑います。多くの人がこんな感じだと思います。私も飲食店営業に行ったことがありますが、誰に対しても対応がほぼ同じようなお店と、客で入る時と営業が来た時の対応がまるで違う店があるのです。営業で入ると適当なあしらい方をしてきます。しかし忘年会の予約したいと告げると途端に態度が変わった時はここは絶対に使いたくないと思いました。

人によって態度を変えるのは最低です。これを社内外で徹底して同じように相手をリスペクトする、という精神はとても好感が持てます。実際に社内でタメ口が出てしまうことも多々あると思います。しかし基本的にさん付けでお互いに呼び合い、そして敬語で話そう、という理念が根付いていれば、それはある程度歪ませてしまっても良い気がします。基本にガチガチに固められた組織では息苦しくなってしまうでしょう。そういう意味ではガチ固めの敬語ではなく、理念としてお互いに敬語で話し合いましょう。という考え方が浸透していればそれでよいのかと思いました。